とりかえしのつかない失敗その1
さっそくお道具箱から工作用の「はさみ」を持ち出してきて、試しに左のひざ下あたりの毛を何本かつまんで根元ギリギリのところで切ってみました。
うまく切れました!!
何よりもうれしかったのは、痛みが全くないということでした。
勢いに任せて、私は切り進めました。
生い茂っている毛を少しずつ束にして、つまんでは切り、つまんでは切りをくりかえしたのです。
「これなら全部切ってしまえる。なくしてしまえる。」
気持ちが明るくなり、どんどんと切っていきました。
左足が終わると、今度は右足にかかりました。
右足が終わると、左腕に挑みました。腕の場合は、当然ですが、足の時のように手が使えないので、「はさみ」をスライドさせていくつかの毛をまとめてすくうようにして切っていきました。
右腕の毛を切る時だけは、左手で「はさみ」がうまく使えず、苦労したことよく覚えています。
ひと通り切り終えてから、畳に飛び散っている毛に気づき、そのあまりの多さに
超びっくりしました!!
うまく切れました!!
何よりもうれしかったのは、痛みが全くないということでした。
勢いに任せて、私は切り進めました。
生い茂っている毛を少しずつ束にして、つまんでは切り、つまんでは切りをくりかえしたのです。
「これなら全部切ってしまえる。なくしてしまえる。」
気持ちが明るくなり、どんどんと切っていきました。
左足が終わると、今度は右足にかかりました。
右足が終わると、左腕に挑みました。腕の場合は、当然ですが、足の時のように手が使えないので、「はさみ」をスライドさせていくつかの毛をまとめてすくうようにして切っていきました。
右腕の毛を切る時だけは、左手で「はさみ」がうまく使えず、苦労したことよく覚えています。
ひと通り切り終えてから、畳に飛び散っている毛に気づき、そのあまりの多さに
超びっくりしました!!
とりかえしのつかない失敗その2 すっかりトラウマ
私は、畳に散らばった毛を拾い集め、ティッシュで何重にもくるみました。
これほどたくさんの毛が自分の手や足をおおっていたのかと思うと、
なんともいえない気持ちになりました。
そしてこれらの毛を全部自分で切り落としたのかと思うと、ちょっと恐ろしくなりました。
でもその時は、まだ気づきませんでした。
もっともっと恐ろしいことが私を待っていたなんて!!
私は、自分の腕や足を見て、しばらく固まってしまいました。
足にも腕にも、ゴマをくっつけたような無数の黒い点が、散らばっていたのです。
それはまぎれもなく短く切り取った毛の残骸でした。
少しずつ切っていった時の「切り跡」は、さほど目立たず気になりませんでした。
しかしその「切り跡」も、まとまると、なんともおぞましい光景になっていました。
「木を見て森を見ず」とは、よく言ったものです。
あの時の私がまさにそうでした。なんとなんと愚かなことをしてしまったのでしょう。
そのあとのことは、正直思い出すのがとても辛くて、あまり詳しくは書けませんが、
母に、こっぴどく叱られ、学校では小松くんをはじめ、クラスメイトに笑われ、からかわれ、自業自得とはいえ、本当に散々な目に遭ってしまいました。
毛が全部元通りに生えそろうまでの、あの気の遠くなるような辛く苦しく屈辱的な日々を思うと、
今でも胸が痛くなり、涙があふれます。
これほどたくさんの毛が自分の手や足をおおっていたのかと思うと、
なんともいえない気持ちになりました。
そしてこれらの毛を全部自分で切り落としたのかと思うと、ちょっと恐ろしくなりました。
でもその時は、まだ気づきませんでした。
もっともっと恐ろしいことが私を待っていたなんて!!
私は、自分の腕や足を見て、しばらく固まってしまいました。
足にも腕にも、ゴマをくっつけたような無数の黒い点が、散らばっていたのです。
それはまぎれもなく短く切り取った毛の残骸でした。
少しずつ切っていった時の「切り跡」は、さほど目立たず気になりませんでした。
しかしその「切り跡」も、まとまると、なんともおぞましい光景になっていました。
「木を見て森を見ず」とは、よく言ったものです。
あの時の私がまさにそうでした。なんとなんと愚かなことをしてしまったのでしょう。
そのあとのことは、正直思い出すのがとても辛くて、あまり詳しくは書けませんが、
母に、こっぴどく叱られ、学校では小松くんをはじめ、クラスメイトに笑われ、からかわれ、自業自得とはいえ、本当に散々な目に遭ってしまいました。
毛が全部元通りに生えそろうまでの、あの気の遠くなるような辛く苦しく屈辱的な日々を思うと、
今でも胸が痛くなり、涙があふれます。
お年頃、脱毛、ふたたび
それからの私は、失敗にこりて、もうよけいなことは何もしない方がよいのだ思うようになりました。
「毛深く生まれて来てしまったのは、運命なのだからどうしようもない、
現実を受け入れるしかない、あきらめるしかない。」と自分に言い聞かせるようにして過ごして来ました。
この時期を私は勝手に「諦観期」と名づけています。
「諦観期」は、だいたい中学時代のほぼ3年間続きました。
その後、高校に進学してから、おしゃれや美容への関心が非常に強くなり、
再び「脱毛」への意欲がわいてきました。
そして自分でできる範囲の「脱毛」について、いろいろ調べて試してみるようになったのです。
「毛深く生まれて来てしまったのは、運命なのだからどうしようもない、
現実を受け入れるしかない、あきらめるしかない。」と自分に言い聞かせるようにして過ごして来ました。
この時期を私は勝手に「諦観期」と名づけています。
「諦観期」は、だいたい中学時代のほぼ3年間続きました。
その後、高校に進学してから、おしゃれや美容への関心が非常に強くなり、
再び「脱毛」への意欲がわいてきました。
そして自分でできる範囲の「脱毛」について、いろいろ調べて試してみるようになったのです。


